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東京高等裁判所 平成6年(行ケ)8号 判決 1994年10月25日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を九〇日と定める。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由の要点(1)及び(2)の認定についても、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1) 文字と図形の組合わせよりなる結合商標と他の商標(引用商標)との類否を判断するに当たつては、当該結合商標の文字と図形が、構成上どのような結合態様となつているか、外観、称呼、観念において関連性を有しているか否か、識別力の点で一方が特に顕著性を有していないか否かなどの点を考慮すると共に、当該結合商標が使用されている場合には、その使用されている商品の取引の実情、あるいは取引者や需要者に当該結合商標が著名、周知であるか否かなどを考慮して、当該結合商標の文字と図形の両者が不可分一体をなして一個の外観、称呼、観念を形成するものとして認識される場合には、これに基づいて引用商標との対比をなし、対比される両商標が同一又は類似の商品に使用された際、取引者、需要者において、商品の出所につき誤認、混同を生じるおそれがあるか否かによつて決すべきものと解するのが相当である。

(2)<1> 本件商標の構成を示す別紙(1)によれば、本件商標は、黒塗りでシルエット風に描かれた左向きに疾走する猫科の動物と思しき図形を配し、その上部に、猫科に属する動物の一種を表す英語である「Panther」の欧文字を書してなるものであること、上記構成の図形と文字は、同色の黒色をもつて表され、「Panther」の文字部分は、その一部において、下部に配された上記図形が僅か重なるようになつているものであるが、文字全体としては、猫科動物の頭部から尻尾に至るまで沿うような状態で配されているものであること(以上の点は、当事者間に争いがない。)、上記文字部分と動物図形は、面積的な点で特に径庭のない大きさで表されていること、上記文字はやや右傾斜に表されていて、左方向に疾走する猫科動物と同様の方向に向かつているような印象を受けるものであることが認められる。

<2>  《証拠略》によれば、被告は、昭和五一年一一月ころから、本件商標を付したスポーツバッグの製造販売を始め、同六〇年五月ころまでの間に約八〇万個を製造販売したこと、被告は、昭和三九年ころから、本件商標と同一構成の商標を「パンサーマーク」と称して、その主たる取扱商品である運動靴や通学靴に付して使用したこと、被告は、商品の区分第二二類を指定商品として、本件商標と同一構成の商標につき商標権を取得したが(昭和四六年八月三〇日登録出願、同四九年七月一一日設定登録)、同商標を付した運動靴や通学靴は発売当時から好評で、その後も新製品の開発や広告宣伝により順調に売上を伸ばしたため、遅くとも本件商標の登録時(昭和五五年一二月)には、同商標は、被告取扱商品の代表的な出所標識として取引者、需要者に広く知られていたものであることの各事実が認められる。

<3>  上記<1>のとおり、本件商標を構成する図形と文字は、相接するように位置していて、文字全体が猫科動物の頭部から尻尾に至るまで沿うような状態で配されている上、同色をもつて表されていること、両者は、面積的な点で特に径庭のない大きさで表されていて、一方が特に顕著なものということはできないこと、上記文字は左方向に疾走する猫科動物と同様の方向に向かつているような印象を受けることと、併せて図形と文字が有する意味合いが共通していることをも考慮すると、本件商標は外観的に欧文字部分と図形部分とが一体に結合されたものであると認めるのが相当であり、更に、上記<2>のとおり、被告は、本件商標の登録時の約四年前から指定商品であるスポーツバッグに本件商標を付して使用していた上、被告の主たる取扱商品である運動靴や通学靴に使用されている本件商標と同一構成の商標は、遅くとも本件商標の登録時には、被告取扱商品の代表的な出所標識として取引者、需要者に周知であつたことをも併せ考えると、本件商標は、取引者、需要者において、外観的に図形と文字が不可分一体のものとして認識されるものと認めるのが相当である。

(3) 原告は、請求の原因3(1)記載の理由により、本件商標においては動物図形のみが自他商品の識別標識として機能する旨主張するが、以下述べるとおり採用できない。

<1>  原告は、本件商標中の「Panther」の欧文字は、動物図形により「P・n・t・h」の各文字の一部が欠損していて、相当英語に精通した者でなければ「Panther」とは理解できない程であるし、欧文字が動物図形により一部遮られていることは、欧文字が動物図形の背景をなしていることを意味しているところ、前景と背景とを比べれば、前景が注目されるのは当然であり、しかも、たとえ欧文字部分がなくとも需要者の印象においてさほどの違いを感じさせない程に、中央部に大きく黒塗りで描かれた動物図形の印象は強いものであるから、動物図形が需要者の注意力を喚起し、独立して自他商品の識別に機能するものである旨主張する。

しかし、動物図形が文字部分と重なつている部分は「P・n・t・h」の各文字のうちの僅かであつて、「Panther」と表示されていることは容易に理解できることであるし、前景を構成するもののみが自他商品の識別標識としての機能を有するものとは必ずしもいえない上、欧文字部分は動物図形と同色で、その大きさも特に径庭なく表されていて、欧文字の有無によつて印象が大いに異なることは明らかであつて、動物図形の印象が特に強いものとは認め難いから、原告の上記主張は採用できない。

<2>  原告は、本件商標を構成する図形は猫科の動物の描き方としては極めて特徴のあるものであるから、本件商標中の動物図形は独立して看者の注意を引くものであり、市場において自他商品の識別標識として機能するものである旨主張する。

しかし、《証拠略》には、チーターが前足と後足とを腹部でからめ、全力で疾走する様子が掲載されていることからしても、猫科の動物が前足と後足とを腹部でからめ、全力で疾走する様子をシルエットで描くことが特に特徴のあるものとは認められないから、原告の上記主張は採用できない。

<3>  商品の区分第二二類と第二四類において、本件商標と同一構成の商標と、「Panther」の欧文字部分を削除した動物図形のみの商標が連合商標となつていることは当事者間に争いがないところ、原告は、上記事実によれば、「Panther」の欧文字を含む商標において、猫科動物の図形が独立して自他商品の識別標識として機能していることを意味しており、商標の要部というべきである旨主張する。

なるほど、本件商標と同一構成の商標と、「Panther」の欧文字部分を削除した動物図形のみの商標が連合商標の関係にあるということは、特許庁において、前者の商標と後者の商標が類似の関係にあること、したがつて、動物図形が独立して自他商品の識別標識としての機能を有するものと判断されたものと認められるが、前記(2)において認定、説示したとおり、動物図形が独立して自他商品の識別標識としての機能を有するものとは認め難く、また、特許庁の上記判断が当裁判所の判断を拘束するものでないことはいうまでもないから、原告の上記主張は採用できない。

<4>  原告は、被告は相当古くから猫科動物の図形のみからなる商標を使用しており、第二二類の「運動靴」に関しては当業界において広く知られた商標ということができるから、このような周知の図形商標を含む本件商標は、たとえ他の商品区分である第二一類の商品に使用された場合でも、取引者、需要者は動物図形を独立した識別標識、すなわち商標の要部と認識するものである旨主張する。

《証拠略》には、本件商標のうちの動物図形と同じ動物図形が掲載され、その下部に「商標登録第一三七七二六五号(商品の区分 第二二類)商標登録第一四九〇四六〇号(商品の区分 第二四類)商標権者世界長株式会社」と記載されていることが認められるが、被告が動物図形のみの商標を古くから上記商品区分の商品に使用していることや、この商標が第二二類の「運動靴」に関して当業界において広く知られたものであることを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、原告の上記主張は採用できない。

(4) 上記のとおり、本件商標は、取引者、需要者において、外観的に図形と文字が不可分一体のものとして認識され、図形部分のみが独立して認識されるものとは認め難いから、これと同旨の審決の認定、判断に誤りはない。

したがつて、本件商標は、その構成中、猫科動物の図形部分が、それ自体独立して自他商品の識別標識としての機能を有するものであることを前提として、本件商標は引用A商標と外観上類似する旨の原告の主張は理由がないものというべきであり、この点についての審決の判断にも誤りはない。

ちなみに、本件商標が、外観的に図形と文字が不可分一体のものとして認識されるものである以上、引用A商標と類似しないことは明らかである。

以上のとおりであつて、原告主張の取消事由は理由がない。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間を定めることについて行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、一五八条二項の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤 博 裁判官 浜崎浩一 裁判官 押切 瞳)

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